2011年6月21日火曜日

アイスコーヒー、青葉通り

日曜日の話。




4:10 地震の揺れを感じて目が覚める。空には重そうな雲がかかっており、しばらく晴れそうにない。今日は半田山に登る予定だが、もう少し天気が回復するまで出発を見送ることにした。再び眠りにつく。揺れを感じたせいか、熟睡できない。心臓の鼓動がいやに大きく感じられ、胸が苦しい。ここ1ヶ月ほど、浅い睡眠のときにこうした症状が出ることがある。地震の揺れを感じたときはとくにひどくなる。

7:55 空にはまだ雲がかかっているが、午前中に登山を終えるためにはそろそろ出発しなくてはならない。ザックを背負い、登山靴を履き、車に乗り込む。息苦しさは続き、頭が重く感じられる。

8:30 目的の半田山に程近いサンクス桑折町店で水と食料を購入。半田山の山頂には厚い雲がかかっており、頑として動きそうもない。体調はあまりよくない。山頂の雲を理由に、再び半田山を断念した。予定を繰り上げて、午後から行く予定だった仙台泉プレミアムアウトレットに向かうことにした。

9:30 船迫。4号線沿いのセブンイレブンに車を停めて仮眠。強い眠気に襲われたからだ。ここまで来る間に、胸の苦しさはだいぶ和らいだ。

10:54 仙台市内。定禅寺通りと国分寺通りが交差するあたりの立体駐車場に車を停める。徒歩で周囲を散策することにした。仙台市に入ってから、急に心変わりして仙台市内を歩いてみたくなったのだ。駐車場を探している間、法被姿の人が幾人か歩いているのを見かけた。なにやらにぎやかそうな勾当台公園へ向かっていると、法被に鉢巻姿の人たちを多く見かけるようになった。公園からはお囃子のような音が聞こえてくる。公園入り口では、法被に鉢巻の人たちが思い思いにくつろいでいる。タバコを吸う人、遠藤に腰掛けて休む人。談笑する人たち。公園の中には屋台が並んでいて、多くの人でにぎわっている。中央には「仙台すずめ踊り」とかかれたステージがあり、法被・鉢巻・地下足袋といった装いの集団が扇子を手に踊っている。踊る人も観る人もみな楽しそうな笑顔をたたえている。仙台は良く晴れており、青空が見える。定禅寺通りの銀杏並木は道路に濃い影をつくり、風に揺さぶられた葉がさらさらと音をたてている。初夏の雰囲気。

11:30 仙台メディアテーク付近の駐車場に車を移す。長時間散策するために、駐車料金の安い駐車場に移動したのだ。そこから仙台市内の散策を再開。晩翠通りから広瀬通りへと出て、仙台駅方面へ向かう。

11:50 仙台フォーラスのあるあたりからアーケードに入る。人だかりが目に入る。その中心には法被姿の踊り子がいて、お囃子にあわせて踊っている。お囃子のリズムは小気味よく、踊り子たちはいかにも楽しそうにハツラツと踊っている。観ているものもみな楽しそうだ。踊りが終わると大きな拍手が起こった。アーケードを進んでいると、何組かの集団の踊りを楽しむことができた。それぞれの集団の先頭には「荒町すずめ」のように書かれた旗を振っている人がいて、踊り子たちがその旗に続いて踊りを披露しながらアーケードを練り歩く。「荒町すずめ」にはちいさな踊り子たちがたくさんいた。見かけの幼さと、それに似合わぬしっかりとした踊りとの組み合わせに僕は思わず笑顔になった。「伊達すずめ」は勇壮な太鼓の音にあわせてダイナミックな踊りを披露していた。威勢がよい。「朱雀」は白い法被を羽織り、きらびやかな踊りを披露。「ひろせすずめっ子」ではさきほどの「荒町すずめ」よりもさらに幼い子どもたちが踊っている。「仙台阿吽連祭」はクラシックな雰囲気を感じさせる踊りだ。登山靴を履き、ザックを背負い、メモを片手に歩く僕は自分があたかも、異国の祭りに遭遇したバックパッカーであるかのように思えてきた。
行きかう人たちの活き活きとして楽しそうな姿を見て、今朝までの胸の苦しみがすーっと軽くなっていくのを感じた。おもわず涙ぐんでしまうところだった。もちろん悲しかったからではない。うれしかったのだ。ありがたいとも思った。ここ数日のあいだ抱え込んでしまっていた得体の知れない不安が、人々の明るい笑顔で払拭されていくような気がした。名も知らぬ人々の笑顔をとてもありがたく感じた。人ごみや雑踏はあまり好きではない。どちらかというと嫌いなほうだ。個人に対する好き嫌いもかなりはっきりとしているほうだと思う。しかし、これからは人のことをなるべく嫌わないようにしようと思った。自分の内面の不安や恐怖すら一人で処理できないことがある。そんなときに人々の笑顔がこれほど力になるとは知らなかった。

12:00 仙台駅前で買い物を済ませる。

13:40 昼食を摂るため、適当な店を探す。青葉通りを西に向かっていると、おもしろそうな喫茶店が目に飛び込んでくる。概観は純喫茶のようだ。喫茶店ではたいした食事を期待できそうもないが、その外観に惹かれて店に入る。ぼくはよほど空腹だったのだろう、店に入るなり「ランチセットのようなものはありますか?」と訊ねてしまう。しかし、コーヒーを売りにしている喫茶店で入るなりたずねるようなことではない。店の主人は怪訝そうな顔で「ランチセットはないんです。サンドウィッチやスパゲティなら」と答える。ヘンな人だと思われたかなと心配しながら席に着く。
内装も基本的には純喫茶風。床、壁、テーブル、椅子は落ち着いた木目調で統一されている。ところどころに東南アジア風の装飾がみられる。店内の本棚には、「地球の歩き方」をはじめ、多くの旅行関連本がぎっしりと詰っている。東南アジア、アフリカ、ソ連、主人の手書きであろうポップ広告が店内のいたるところに貼られており、目をひく。「定休日は満月の日」。ここの主人は狼男なのだろうか。無愛想に差し出された水を飲んで一息つき、これまた無愛想に差し出されたメニューを眺める。アイスコーヒーとベトナム風サンドウィッチを注文。店の主人とのやり取りをなんだかぎこちなく感じる。僕は「安易に人を嫌わない」と決めた手前、つとめて笑顔を振りまく。はじめて食べるベトナム風サンドウィッチはとてもうまかった。具材はレバーペーストと紅白膾、生ハムのスライスしたものだと思う。インパクトが強く、忘れられない味だ。
帰り際、店主は「サンドウィッチじゃお腹いっぱいにならなかったかな?」と声をかけてくれた。ぼくは「いえ。とてもおいしかったです。」と返す。「旅行が好きなんですか?」という僕の問いかけに、店主は「そうですね。いろいろ行きました。」と返す。この人を嫌わないでよかったと思う。店を出て、青葉城址を目指す。青葉通りを西に進む。

2011年6月14日火曜日

マンデリン・グレードNo.1、夜と朝の間

目が覚めて携帯電話で時間を確認した。





4時44分。

布団に入ったまま、顔だけを横に向けて窓の外を眺める。そらを漂う複数の層積雲が羊の群れのようだ。雲と雲の間から覗く空の色は青く澄んでいて、夜の面影を遺している。太陽はまだ山際から顔を出していない。大気中で散乱する光は弱く、いまならまだその深く澄んだ青い空に宇宙の闇を感じ取ることができる。

4時50分。

再び寝てしまうのをもったいなく思ったので、そのまま起きることにした。ラジオをつける。「ラジオ深夜便」で今日の一句が紹介されているところだった。
ひろがりて雲もむらさき花樗 古賀まり子
空に浮かぶ雲の陰影がはっきりとしてきた。雲の腹底は濃いグレーになり、雲の端はやわらかな赤みを帯びている。朝日が顔を出すと、あたりはオレンジ色に支配されはじめた。


5時00分。


朝日が雲に隠れてしまうと、周囲の景色は落ち着きを取り戻す。空も雲も山も。


5時10分。


雲の切れ間から朝日が覗くと、東に面したキッチンの小窓がオレンジ色に輝く。窓をあけると、山の谷間に沈殿した雲が朝日に蹴散らされていくのがみえる。レンジアップしたベーコンチーズリングパンのにおいが頭を刺激する。コーヒーから立ち上がる湯気の粒子ひとつひとつが陽の光に照らされている。






僕は、「何度も読み返している」という友人に影響されて村上春樹を読んでいる。良く行く喫茶店の店長に沢木耕太郎の「深夜特急」の話をしたら、彼は後日、
「まとめ買いしちゃいました。4巻だけなかったんですけどね。」
と、カウンターの奥から「深夜特急」の単行本を取り出してきた。
そういえば、いまでは僕のお気に入りになっている星新一は大学の同期が好きな作家だった。


彼女が読み、僕が読む。僕が読み、彼が読む。
そういうことを素直にうれしいと思えるようになった。


ひとと関わることに対する恐怖がすこしだけ減ったのだと思う。
そしてそれは、多くの人に支えられていることを実感できたからなのだと思う。


今日の飲みもの:
マンデリン・グレードNo.1


アイスコーヒーに切り替えるタイミングを見計らっているところだ。