2011年9月19日月曜日

「四頭の象」のマグカップでマンデリンG1

村上春樹について少し、書き留めておこうと思う。



今年の六月、アイスコーヒーが恋しくなり始めた頃、僕は人生で始めての「村上春樹」を読んだ。

「村上春樹全作品1979-1989」の第一集だった。ピンボールを探す話などが収められいるものだった。特に面白いとも感じなかったのだが、それにもかかわらず最後までスラスラと読めてしまったことに驚いた。最後まで一定のペースでページをめくって行って、気がついたら終わっていた。読書後の感想は、そんな感じだった。僕にとって興味のない本を読むことは甚だストレスで、たいていの場合、最後まで読みきることはない。だから、こんなことは初めての経験だった。


九月に入って、ホットコーヒーを飲む機会が再び増えてきた。


僕は、学校の図書館で、神経科学用のポスターを大判印刷にかけていた。

出来上がるまでの時間つぶしにと「村上春樹全作品」の第三集を手に取った。読み始めてまもなく、印刷に不具合が生じたため、結局、最初の二、三頁に目を通しただけで終わった。そのまま返してしまうのも消化不良のようで気持ち悪かったのでとりあえず借りて帰ることにした。返却期限まで読まなくても、それはそれで、そのまま返してしまえば良いと思いながら、貸借手続きをした。その本は、仕事用のカバンに収められたまま横浜まで行ったのだが、その間一度も読まれることはなかった。


学会帰りに、クイーンズスクエア内でいくつかの買い物をした。

ひとつは国内の出張に使うキャリーケース。いままで、フォーマルシューズを持ち運ぶのに難儀していたので、これで少しは楽になると思う。もうひとつはマグカップ。BRIXTON POTTERYというポーランドのメーカーのものらしい。淡いクリーム色の地に、草原を歩く四頭の像が真横から描かれている。アフリカ美術を彷彿とさせる雰囲気を持っている。これに少し濃い目に淹れたコーヒーを入れると、きっとコーヒーの色が映えるに違いない。そこから立ち上る香りは、アフリカの大地から立ち上る熱気や湯気のように見えるかもしれない。


東京駅を出たのは、午後6時を過ぎていた。

新幹線の中で僕は、今回の学会を振り返りながら、気持ちが高揚しているのを感じていた。旧知の人たちと合えたということそのもの。地震や原発の話題を忘れて、いろんなひとたちと研究や仕事、それぞれのことを話せたこと。自分の研究に対するいろんな人のリアクション(好意的なものも、渋い意見のものも)を肌でリアルタイムに感じることができたこと。そんなことをひとつひとつ思い出しながら、横浜での自分の心の動きに総括を与えようとしていた。


福島駅に着いたのは、午後7時45分を過ぎたころだった。

僕はコーヒーを飲みたかった。正確に言うと、喫茶店に入って、コーヒーを飲んで、高揚した気分を少し落ち着かせたいと思った。駅前にあるいきつけの喫茶店はすでに閉店時間を迎えていたため、僕はいったん自宅に戻って荷物を置いた後、「村上春樹全作品」の第三集を持って近くのエクセルシオールにむかった。

 * * *

エクセルシールについた頃には、もう午後九時をたっぷりと過ぎていた。だから、僕はコーヒーを頼まずに野菜ジュースを頼んだ。それから、一人がけの席について、マグカップのレシートを眺めて、村上春樹の本をカバンから取り出した。そして、横浜の学会を振り返った。横浜での自分の心の動きを総括する作業の続きを行った。
学会のことなどを考えていたはずが、いつのまにかある女性のことを思っていた。結局のところ、「マグカップ」も「村上春樹」も「横浜」もその女性につながる一本の直線で結ぶことができるものだったのだ。
六月のはじめにその人に対する想いをとめられなくなり、夏の盛りを過ぎた頃にその想いになんとかケリをつけた。そして、季節が秋口にたったころ、やっぱりその人のことが好きな自分に気がついた。そこで僕は初めて、村上春樹の文章に魅かれるようになった。

彼(村上春樹)は、人の漠然とした気持ちや感情を、漠然としたまま(整理されていない状態のまま)記述しようとしているのではないだろうか。そう思って彼の文章を読むと、いままでに感じたことのなかったような魅力を感じるようになった。

人の気持ちや感情、あるいは行為の中で、きちんと言語化できる―つまりはきちんと他人や自分自身に説明できる―ものはいったいどれだけあるだろうか。少なくとも僕の思考や行為の中で、きちんと言語化できて説明できるものは数えるほどしかない。言語化に成功したものだって、正確に言うと、その時点で言語化に「成功している」というものでしかないし、何通りもある説明のうちのひとつでしかない。たとえば、ぼくが「横浜」で「マグカップ」を買い、帰ってきて「村上春樹」を読んでいるのは、未練がましく感傷にひたっているという行為として記述可能だ。他人が僕をとらえるにはそれで十分かもしれないが、僕にはまったくの不十分だ。僕にとっては、それについて言語化できたもの全てを集めたとしても、氷山の一部分でしかない。ある程度正確な全体像を描き出すには、今年の6月に一冊目の「村上春樹」を手にしたところから、いくつかの場面を提出して積み重ねていくしか方法がないのだ。それを一から完璧に説明しようとすると、おそらく自分の生い立ちをすべて文字にしなければならないだろう。ほとんど絶望的な作業だ。いきおい、いくつかの要素が重なってそういう「状態」になっているのだ、としかとらえるよりほかなくなってしまう。ある程度簡便に全体を捉えるにはそうするしかないのだ。

村上春樹は、言語化できないものまでも含めて人の行為や心の全体像を描きだそうとしているのではないだろうか。一見、整合性のない場面をいくつも積み重ねていってなにかの全体像の輪郭を描いてゆく。提出されたそれぞれの場面に整合性があまり見られないのは、人の気持ちそのものにあまり整合性がないからなのかもしれない。



エクセルシオールからの帰り、レンタルショップに立ち寄った。
ドライブのとき、車の中で一緒に聞いたクレイジー・ケン・バンドのアルバムを借りた。




今日の飲みもの
モカ・マタリ、AXC-BB

2011年6月21日火曜日

アイスコーヒー、青葉通り

日曜日の話。




4:10 地震の揺れを感じて目が覚める。空には重そうな雲がかかっており、しばらく晴れそうにない。今日は半田山に登る予定だが、もう少し天気が回復するまで出発を見送ることにした。再び眠りにつく。揺れを感じたせいか、熟睡できない。心臓の鼓動がいやに大きく感じられ、胸が苦しい。ここ1ヶ月ほど、浅い睡眠のときにこうした症状が出ることがある。地震の揺れを感じたときはとくにひどくなる。

7:55 空にはまだ雲がかかっているが、午前中に登山を終えるためにはそろそろ出発しなくてはならない。ザックを背負い、登山靴を履き、車に乗り込む。息苦しさは続き、頭が重く感じられる。

8:30 目的の半田山に程近いサンクス桑折町店で水と食料を購入。半田山の山頂には厚い雲がかかっており、頑として動きそうもない。体調はあまりよくない。山頂の雲を理由に、再び半田山を断念した。予定を繰り上げて、午後から行く予定だった仙台泉プレミアムアウトレットに向かうことにした。

9:30 船迫。4号線沿いのセブンイレブンに車を停めて仮眠。強い眠気に襲われたからだ。ここまで来る間に、胸の苦しさはだいぶ和らいだ。

10:54 仙台市内。定禅寺通りと国分寺通りが交差するあたりの立体駐車場に車を停める。徒歩で周囲を散策することにした。仙台市に入ってから、急に心変わりして仙台市内を歩いてみたくなったのだ。駐車場を探している間、法被姿の人が幾人か歩いているのを見かけた。なにやらにぎやかそうな勾当台公園へ向かっていると、法被に鉢巻姿の人たちを多く見かけるようになった。公園からはお囃子のような音が聞こえてくる。公園入り口では、法被に鉢巻の人たちが思い思いにくつろいでいる。タバコを吸う人、遠藤に腰掛けて休む人。談笑する人たち。公園の中には屋台が並んでいて、多くの人でにぎわっている。中央には「仙台すずめ踊り」とかかれたステージがあり、法被・鉢巻・地下足袋といった装いの集団が扇子を手に踊っている。踊る人も観る人もみな楽しそうな笑顔をたたえている。仙台は良く晴れており、青空が見える。定禅寺通りの銀杏並木は道路に濃い影をつくり、風に揺さぶられた葉がさらさらと音をたてている。初夏の雰囲気。

11:30 仙台メディアテーク付近の駐車場に車を移す。長時間散策するために、駐車料金の安い駐車場に移動したのだ。そこから仙台市内の散策を再開。晩翠通りから広瀬通りへと出て、仙台駅方面へ向かう。

11:50 仙台フォーラスのあるあたりからアーケードに入る。人だかりが目に入る。その中心には法被姿の踊り子がいて、お囃子にあわせて踊っている。お囃子のリズムは小気味よく、踊り子たちはいかにも楽しそうにハツラツと踊っている。観ているものもみな楽しそうだ。踊りが終わると大きな拍手が起こった。アーケードを進んでいると、何組かの集団の踊りを楽しむことができた。それぞれの集団の先頭には「荒町すずめ」のように書かれた旗を振っている人がいて、踊り子たちがその旗に続いて踊りを披露しながらアーケードを練り歩く。「荒町すずめ」にはちいさな踊り子たちがたくさんいた。見かけの幼さと、それに似合わぬしっかりとした踊りとの組み合わせに僕は思わず笑顔になった。「伊達すずめ」は勇壮な太鼓の音にあわせてダイナミックな踊りを披露していた。威勢がよい。「朱雀」は白い法被を羽織り、きらびやかな踊りを披露。「ひろせすずめっ子」ではさきほどの「荒町すずめ」よりもさらに幼い子どもたちが踊っている。「仙台阿吽連祭」はクラシックな雰囲気を感じさせる踊りだ。登山靴を履き、ザックを背負い、メモを片手に歩く僕は自分があたかも、異国の祭りに遭遇したバックパッカーであるかのように思えてきた。
行きかう人たちの活き活きとして楽しそうな姿を見て、今朝までの胸の苦しみがすーっと軽くなっていくのを感じた。おもわず涙ぐんでしまうところだった。もちろん悲しかったからではない。うれしかったのだ。ありがたいとも思った。ここ数日のあいだ抱え込んでしまっていた得体の知れない不安が、人々の明るい笑顔で払拭されていくような気がした。名も知らぬ人々の笑顔をとてもありがたく感じた。人ごみや雑踏はあまり好きではない。どちらかというと嫌いなほうだ。個人に対する好き嫌いもかなりはっきりとしているほうだと思う。しかし、これからは人のことをなるべく嫌わないようにしようと思った。自分の内面の不安や恐怖すら一人で処理できないことがある。そんなときに人々の笑顔がこれほど力になるとは知らなかった。

12:00 仙台駅前で買い物を済ませる。

13:40 昼食を摂るため、適当な店を探す。青葉通りを西に向かっていると、おもしろそうな喫茶店が目に飛び込んでくる。概観は純喫茶のようだ。喫茶店ではたいした食事を期待できそうもないが、その外観に惹かれて店に入る。ぼくはよほど空腹だったのだろう、店に入るなり「ランチセットのようなものはありますか?」と訊ねてしまう。しかし、コーヒーを売りにしている喫茶店で入るなりたずねるようなことではない。店の主人は怪訝そうな顔で「ランチセットはないんです。サンドウィッチやスパゲティなら」と答える。ヘンな人だと思われたかなと心配しながら席に着く。
内装も基本的には純喫茶風。床、壁、テーブル、椅子は落ち着いた木目調で統一されている。ところどころに東南アジア風の装飾がみられる。店内の本棚には、「地球の歩き方」をはじめ、多くの旅行関連本がぎっしりと詰っている。東南アジア、アフリカ、ソ連、主人の手書きであろうポップ広告が店内のいたるところに貼られており、目をひく。「定休日は満月の日」。ここの主人は狼男なのだろうか。無愛想に差し出された水を飲んで一息つき、これまた無愛想に差し出されたメニューを眺める。アイスコーヒーとベトナム風サンドウィッチを注文。店の主人とのやり取りをなんだかぎこちなく感じる。僕は「安易に人を嫌わない」と決めた手前、つとめて笑顔を振りまく。はじめて食べるベトナム風サンドウィッチはとてもうまかった。具材はレバーペーストと紅白膾、生ハムのスライスしたものだと思う。インパクトが強く、忘れられない味だ。
帰り際、店主は「サンドウィッチじゃお腹いっぱいにならなかったかな?」と声をかけてくれた。ぼくは「いえ。とてもおいしかったです。」と返す。「旅行が好きなんですか?」という僕の問いかけに、店主は「そうですね。いろいろ行きました。」と返す。この人を嫌わないでよかったと思う。店を出て、青葉城址を目指す。青葉通りを西に進む。

2011年6月14日火曜日

マンデリン・グレードNo.1、夜と朝の間

目が覚めて携帯電話で時間を確認した。





4時44分。

布団に入ったまま、顔だけを横に向けて窓の外を眺める。そらを漂う複数の層積雲が羊の群れのようだ。雲と雲の間から覗く空の色は青く澄んでいて、夜の面影を遺している。太陽はまだ山際から顔を出していない。大気中で散乱する光は弱く、いまならまだその深く澄んだ青い空に宇宙の闇を感じ取ることができる。

4時50分。

再び寝てしまうのをもったいなく思ったので、そのまま起きることにした。ラジオをつける。「ラジオ深夜便」で今日の一句が紹介されているところだった。
ひろがりて雲もむらさき花樗 古賀まり子
空に浮かぶ雲の陰影がはっきりとしてきた。雲の腹底は濃いグレーになり、雲の端はやわらかな赤みを帯びている。朝日が顔を出すと、あたりはオレンジ色に支配されはじめた。


5時00分。


朝日が雲に隠れてしまうと、周囲の景色は落ち着きを取り戻す。空も雲も山も。


5時10分。


雲の切れ間から朝日が覗くと、東に面したキッチンの小窓がオレンジ色に輝く。窓をあけると、山の谷間に沈殿した雲が朝日に蹴散らされていくのがみえる。レンジアップしたベーコンチーズリングパンのにおいが頭を刺激する。コーヒーから立ち上がる湯気の粒子ひとつひとつが陽の光に照らされている。






僕は、「何度も読み返している」という友人に影響されて村上春樹を読んでいる。良く行く喫茶店の店長に沢木耕太郎の「深夜特急」の話をしたら、彼は後日、
「まとめ買いしちゃいました。4巻だけなかったんですけどね。」
と、カウンターの奥から「深夜特急」の単行本を取り出してきた。
そういえば、いまでは僕のお気に入りになっている星新一は大学の同期が好きな作家だった。


彼女が読み、僕が読む。僕が読み、彼が読む。
そういうことを素直にうれしいと思えるようになった。


ひとと関わることに対する恐怖がすこしだけ減ったのだと思う。
そしてそれは、多くの人に支えられていることを実感できたからなのだと思う。


今日の飲みもの:
マンデリン・グレードNo.1


アイスコーヒーに切り替えるタイミングを見計らっているところだ。

2011年5月29日日曜日

日本茶、峠の茶屋

昨日、会津の斎藤清美術館にいってきた。「春粧のころ」という特別展を見るために。

国道115号を会津方面へ向かう。観山荘の前で左折し、土湯峠の旧道に入る。緑のトンネルはすでに完成しており、気持ちの良い森林浴が楽しめた。湿気を含んだ空気が緑の色彩をより鮮やかにしている。窓をあけると、小鳥のさえずりと木々の静けさが気持ちの良い風とともに車内に入ってくる。

土湯トンネルを抜けるとカラマツの新緑が目に飛び込んでくる。若々しく瑞々しい色だ。旧土湯峠の森林浴があまりにも気持ちよかったので、二匹目のドジョウを得んと、レークラインへとハンドルを切る。峠の茶屋でトイレを借りた。

茶屋では、おばさんにお茶と地で採れた山菜を振舞ってもらった。ウドとヒメタケ。ウドの和え物も、ヒメタケと鯖缶の煮物もどちらもうまかった。最初、お茶とともにウドの和え物を頂いたのだが、「こんなところまでくる若い人は珍しいから」とヒメタケと鯖間の煮物を大きな鍋から取り出して振舞ってくれた。おばさんは手料理を振舞ってくれながら、いまだ避難生活を余儀なくされている人たちの話を聞かせてくれた。
いまだ生活再建の道筋すら見えない避難者は、当座の資金として支給された金と今までのたくわえだけを頼りに生活している。つかったら使った分だけ金は減り、増えるあてはどこにもない。どこに行くにも、何をするにも残りの金を勘定し倹しい生活を送っている。そんな話を、ガソリン代を気にしながらも気分転換にドライブにやってきた避難者から聞いたのだそうだ。
先日のNHKニュースでも同じようなことが取り上げられていた。幼い孫を含む三世代家族は、仮設住宅に移ることはできたものの、生計を立てる手段が何一つないまま細々と暮らしていかなければならないとのこと。家族でカップラーメンをすすっている映像に切なくなってしまった。

レークラインは土湯峠から裏磐梯へと抜ける有料道路。秋元湖、小野川湖、桧原湖のほとりを走っているのでその名前がついた。車を停めて景色を楽しむために、ところどころに駐車場が設けられている。三湖パラダイスと名のついた駐車場からは磐梯山の北壁眺めながら、左手に秋元湖、右手に小野川湖・桧原湖を望むことができる。これらの湖は明治年間に起こった磐梯山の大噴火でできた堰止湖である。この大噴火で、北麓のおよそ15の集落や村が埋没し、477名が死亡した。裏磐梯に散在する巨大な岩石はこのとき火山から吹き飛んできたものだという。当時の被害が甚大なものであったことは想像に難くない。しかしいまや、木々は生い茂り、湖畔にまで迫っている。

裏磐梯に入ったところで、ちょうど昼時になったので以前に行ったことのある蕎麦屋にむかった。鴨そばがうまかったのと、食後に頼んだコーヒーが果物のように甘い香りをしていたのを記憶している。しかし、残念ながら閉まっており、入り口には「今年は那須に支店をだしました」との張り紙がしてあった。

昼食の当てもないままとりあえず、ゴールドラインを通って表磐梯へと抜ける。磐梯山の雪はほとんど消え、北側からはその噴火口が荒々しい姿を見せている。表(南)側に抜けると、さきほどの荒々しさは消え、山肌に緑をたくさん蓄えた雄大な姿に変わる。その山肌を大きな雲の塊がゆっくりと駆け上がっていく。

ゴールドラインを出て、表磐梯の麓に差し掛かったところで蕎麦屋の看板をみつけた。遅い昼食をここでとることにした。蕎麦屋の名は「そばさだ」。おしながきの裏には、その店を紹介する記事の切抜きが入れられていた。「数々のそばうちコンテストで受賞歴のある店主が自宅を改装して店を開いた」との紹介の通り、生活感の溢れる店内であった。客間は、店となる前は居間であったことが用意に想像できた。トイレを借りるために障子を開けると、そこは板間になっており、おばあさんが収穫してきたヒメタケの皮をむいているところだった。

ざるとイワナの塩焼きを注文する。出てきたざるにはつゆと薬味のほかに、茹でたぜんまいや筍のおでん仕立て、キュウリとニンジンの浅漬けが品よく盛られた小皿がつけられていた。そばの瑞々しさに感動。つゆをつけるのがもったいないほど瑞々しく、うまい。半分以上はつゆをつけずに食べた。イワナの塩加減もよい。偶然ながら、良い店をみつけたことに満足して店を出た。道を挟んで向かいの母屋では、縄につながれた犬が人恋しそうにこちらを見ている。あんまり人恋しそうにするので、こちらもうれしくなって近づいていってしばらく遊ぶ。

会津若松から県道33号線を下って柳津に向かう。右手に広がる山脈はまだ多くの雪が残っていた。只見川にかかる瑞光寺橋をわたって柳津に入る。すぐ右手に美術館がある。小さいが形の良い建物。中の休憩室からは只見川と瑞光寺橋、円蔵寺を一望できる。只見川の向こう岸に広がる風景はは斎藤清の作品世界そのもののようだ。機会があればこの辺を散策してみるのも面白そうだ。「さつきの会津」という作品は、まさにこの眼前に広がる風景のようであり、小さい頃よくあそびにいった母の実家あたりの風景のようでもある。ここにもまた、自然と向き合って生きてきた人たちの暮らしがある。

ミズバショウをモチーフにした「春粧」「初夏」、「さつきの会津」、「冬の会津」の絵葉書を購入して美術館をあとにした。美術館では、購入したチケットともにパンフレットと「がんばろう東北・がんばろう福島」と書かれた小さなしおりをもらった。しおりには四葉のクローバーの押し花が添えられていた。

昨日の飲みもの
峠の茶屋で振舞われたお茶

イナゴの佃煮を試食。生まれて初めて食べたが、見た目とは裏腹にかなりおいしい。ふきのとうのしょうゆ漬けとともに購入。白いご飯に良くあう。

2011年5月22日日曜日

マンデリン・グレードNo.1、自宅

空は厚い雲に覆われていて、時おり小雨が降る。読書には良い天気だ。青空が広がっていると、室内に篭っていることになぜか罪悪感を感じてしまう。

震災以来の自分の思考や言動に言葉を与えたくて、何かの参考にならないかとカミュの『ペスト』を読んでいる。翻訳の日本語にはどうにもなじめないのだが、ときおりハッとさせられる表現に出会う。たとえば、角折りされたページにはこんな記述がある。
そこに、毎日の仕事の中にこそ、確実なものがある。その余のものは、とるに足らぬつながりと衝動に左右されているのであり、そんなものに足をとどめてはいられない。肝要なことは自分の職務をよく果たすことだ。
ここ最近、仕事のときもほかの日常生活のときも、ことさらに上記のような「確実性」を求めているように思う。昨日のハイキングの折、幹の部分から直接に芽を出した針葉樹の若葉にひときわ目をひかれた理由も、そこにあるのだろう。植物の、自らの生命活動に忠実な姿に「確実性」を見出したのかもしれない。

「monmo」という福島県の情報誌の最新号に、「明日へのひかり」と題された特集があった。津波の被害から再開に向けて、作業を続けるいわきの水族館職員たち。ホームとなる舞台を失っても、踊るという選択肢を選んだいわきのフラガールたち。「それしかない」と野菜をつくりつづける田村市の有機農家。結局はみな、それぞれがいままで続けてきたことをこれからも続けると決めた人たちだ。つづけられるだけ幸運な人たちなのかもしれない。でも、続けられる人が続けないでどうしようというのだ。ここでもまた、「隙あらば生きてやる」というフレーズが頭をよぎる。

同じ号に、花見山園主の言葉が紹介されていた。花見山というのはいまや福島市の一大観光スポットで、サクラのシーズンには関東からのツアー客も訪れるという。驚くべきは、その山は個人の所有で、手入れもすべて園主がされているということ。そして、無料で広く一般に公開されている。16歳から花を植え続けて、今年で91歳になるという園主は特集の中で花についてこう語っている。
「花は、全てをしのいで毎年きれいな花を咲かせます。」 
園主は先の大戦で多くの仲間を失いながら自分が生き残った理由を自問し続けてきた。そして「花を植え続ける」という行為に答えを見出した。その行為について、
「自分にできることをやり続けることは大事ですね。そのおかげで今があります。」


日が暮れると、近所の水田からカエルの大合唱が聞こえてくる。ここ数週間の間に、田起こしされた土のにおいに始まり、田に引かれる水の音、整然と植えつけられた稲と、福島市内の季節は足早に移り変わっている。 そして現在の水田には、日々の情景が絶え間なく映りこんでいる。

今日の飲みもの
マンデリングレードNo.1、自宅
甘みのある香りと味を楽しむことができるようになった。
やっと体調が全快したらしい。

2011年5月21日土曜日

ミネラルウォーター、吾妻山腹

今月中旬に体調を崩して以来、やっと更新するだけの気持ちが沸いてきた。今度の風邪にはずいぶんと長いあいだ煩わされてしまっている。

今日は体力と天気の条件がやっと揃ってくれたので、念願の場所をハイキング。土湯温泉から女沼、仁田沼、男沼をめぐる。


7:45 ローソン福島土湯温泉町を出発。産ヶ沢橋を渡り、土湯温泉街を目指す。木々の緑は、眼前にそびえる山(箕輪山か)の6合目辺りにまで及んでいる。6合目付近の緑は、ひときわ若々しく輝いているように見える。

土湯温泉街北部の向瀧旅館のわき道を北進して、女沼を目指す。向瀧温泉の外壁は一部がブルーシートに覆われていて、隙間から外壁の損傷が垣間見える。当面の間休業するとの張り紙あり。

日向集落に入ると、数件の民家とともに菜の花畑などが目に入る。道路わきに針葉樹の並木。若葉が幹の表面から直接、芽を出している。そんなところからも芽吹くのかという驚きとともに、「隙あらば生きてやろう」という生命の逞しさのようなものを感じる。

8:57 女沼手前のつつじ山公園に立ち寄る。小高い丘となっている公園は、満開のつつじで埋め尽くされている。頂上から眼下に、女沼のほぼ全体を見渡すことができた。

9:10 女沼東端。「セラピーマップ」なる案内図に、マイナスイオン値なる数値が記載されている。単位は「個/cc」。

9:18 女沼ほとりのベンチにて小休止。西南西の方角に残雪の山肌。ベンチ脇には焚き火のあと。

9:36 二等三角点から「思いの滝」を見下ろす。沢からの風が冷たく心地よい。この滝にまつわる昔話とともに作者不明の和歌が案内板に記されていた。
行きて見ば 後も思いの瀧つなみ かかるながめを 余所にすな人
滝つぼ近くまで降りる。滝は二段構えで、上段と下段の滝が絶妙のアングルで折り重なって見える。切り立った岩壁の合間から落ちる豊富な水量を、深々とした滝つぼが泰然と受け止めている。

10:08 仁田沼。女沼の西端から仁田沼に向かう途中、方向感覚を失う。地図上で自分の位置をつかめないまま、現地の案内板に従ってなんとか到着。仁田沼に群生するミズバショウはすでに花弁を落とし、見ごろを終えていた。葉の背丈はヒザ~腿までもある。ミズバショウやほかの植物によって沼のほとんどが埋め尽くされていて水面は、ほとんど見えない。沼というよりは湿地。中ほどに白樺の木立。

10:24 仁田沼を周回したあと、脇のベンチで小休止。その後、男沼を目指して出発。

10:56 男沼北東端。案内板に紹介されていたアケボノ湿原に向かう。モリアオガエルの生息地。

11:06 アケボノ湿原。ミズバショウが群生するあたりからカエルの鳴声。切れの良い「コケケケッ」という鳴声が心地よい。

男沼の畔、西半分をまわって車道に抜けるルートを取る。林道から砂利道に出たところで、現在地がわからなくなる。地図上で確認する道路の形状と、実際の形状が異なって見える。「不動湯温泉」という建て看板を頼りに、ひとまず人のいそうな場所を目指す。視界が開けた場所で現在地を確認。どうやら目的のルート上にいるようだ。

12:47 右手に深い沢を見るようになったあたりで、不動湯温泉にたどり着く。温泉好きのK先生お気に入りの秘湯らしく、一軒の温泉旅館以外はひとつの民家さえもない。せっかくなのでもらい湯をする。沢底に向かう長く細い階段に沿って3つの湯がある。一番下の湯は沢を流れる川べりにある。大人3人が入るのがやっとなくらいの湯船。

不動湯温泉から土湯温泉街までは20分もかからずに到着。車に向かう途中、観山荘に立ち寄る。この温泉旅館は国道115号に面しており、土湯温泉の玄関口といった立地である。スキー場からの帰りには、別館の樹泉をよく利用していた。建物が震災で大きな被害を受けたあと、一度は再開に向けて動き出したものの結局は破産してしまった。外壁が崩れ、館内が露出しているところが数箇所目に入る。ゴミ捨て場には、割れたガラスや壁の一部などがまとめて捨てられている。従業員が再開に向けて働いていた形跡だろうか。もっとも目を引くのは屋上の建造物で、旅館名が書かれた壁の一面がすべてはがれてしまっている。壁がなくなってしまったところからは、貯水タンクらしきものが露出している。タンクは横に傾いて残った壁に寄りかかっている。旅館の入り口には、破産管財人となった弁護士の名で張り紙がしてある。


今日の飲みもの:
ミネラルウォーター、吾妻山腹

2011年5月6日金曜日

Coffee of the Day, EXCELSIOR CAFFE

今日は入学式。長い春休みが終わり、学生たちの活気が戻ってきた。サークル勧誘の賑わいが構内を明るくする。

来週からはじめる海馬の破壊実験に備えて、microinjection用のpicopumpとガラス電極記録用の生体アンプを新たにセッティングした。

帰宅後、最近オープンしたばかりの近所のTSUTAYAに行ってみた。書籍コーナーがかなり充実していて、中古本も多いのがうれしい。さっそく沢木耕太郎を4冊、カレル・チャペックの旅行記を2冊購入。TSUTAYAと同じ建物内に併設してできたEXCELSIOR CAFFEで購入した本を広げるが、店内ではいまいち落ち着いて読書に集中できず、早々に帰宅。なんというか、買い物帰りにふらっと立ち寄って読書するには、ちょっとばかり気取りすぎているような店内にバツの悪さを感じたのかもしれない。


今日の飲みもの:
本日のコーヒー、エクセルシオールカフェ

一口すすってむせ返ってしまったほど濃いのに、エグミや雑味がなく後味が良いのは「おいしい」と表現していいのかも知れないが、あまりにも濃い…。どんなにすばらしいコーヒーでも、むせるほどの濃さは蛇足になりかねない。


2011年5月5日木曜日

マンデリングレードNo.1、帰省中

4月30日から今月4日までのスケジュールで帰省した。昨年の秋に亡くなった祖父の墓参りを済ませたくて、1月に航空券を手配しておいたのだ。祖父の葬式に参列することはできたのだが、初七日をはじめ納骨にも立ち会えなかったのがずっと心残りだった。

中学を卒業して飛び出すように地元を離れた私にとって、ここには会うべき同世代人はいない。1年に一度あるかないかの帰省の目的は、年寄りに顔を見せることと墓参りである。ここ最近では、年寄りよりも墓石に向かうことのほうが多くなっている。

祖父の骨が収められた墓は、集落の小高い丘に立っている。その集落は、山あいの狭い土地に辛うじて田畑を配することによって形成されている。墓地からは両側に迫る山と、その間隙を縫うようにして流れる川と、川べりに器用に配された水田とを一望することができる。水田には整然と苗が植えつけられており、その水面はそばに建つ農具小屋を映し出している。この風景に、祖父やこの集落に暮らしてきた人々のすべてが詰っているように感じた。

祖父の遺品の中に3冊の日記がある。A4ノートには、1日の出来事が数行の短い文章や、断片的なメモとして記されている。
5月16日月曜日天気雲後晴 午後2時迄釣りエガミ3ハゲ3 夕方「タルキ」のあぜぬり
5月17日火曜日晴時々雲 午前中(豆ちぎり)「城下」へ行く 午後「竹ノハナ」芋床うね夕方迄
5月18日水曜日天気晴 松崎へ釣り夕方迄 エガミ1匹 朝「タルキ」え草刈
5月19日天気晴木曜日 午前7時頃からK(長男)の田廻り それから「坂の畠」の竹切り12時迄 午後はR(次女)の所から「斧積」「○原」へ それから「竹ノハナ」え草けづり 妻も来る
5月20日金曜日晴 午前10時30分まで「竹ノハナ」え
午後2時から(もち)の草取り 夕方迄かかる
5月21日土曜日天気晴後雲 午前10迄「竹ノハナ」へ 2人
それから○○の草引 午後は「下北市」のあぜなをし
かぎカッコで囲まれているのは田畑の名称。この土地に田畑を開いたものがいて、それらを脈々と受け継いできた人たちがいることの証だ。日記からは、放っておけば数年で森が侵食してくるであろう山村の土地に、もくもくと、そして大切に手を加えてきた祖父の様子が伺える。おそらく、この集落に暮らしてきた人々はこうやってこの土地の歴史を紡いできたのだろう。その歴史はきれいごとどころか、むしろ泥臭い人間関係の連続だったであろうことも想像に難くない。そのうえで、さまざまなことに向かい合ってきた人たちの面影をも想像することができる。僕は自分自身の問題に向かい合ったさきに、どんな景色を望むことができるのだろうか。


GW期間中の飲みもの:
福島から買って帰ったマンデリングレードNo.1

母の淹れたコーヒーは香味が弱く、薄かった。
料理の段取りが悪いのか、「コーヒーが冷めた」といって
淹れたコーヒーをポットで再び沸かし、ときにはそれすら冷めてしまってレンジアップして飲む。

普段使っている「特売のインスタントコーヒー」とはやっぱり違う、とは言うものの
そんな淹れ方をされていたのでは特売品もマンデリンも浮かばれない。

2011年4月28日木曜日

紅茶と緑茶、meeting

明け方まで続いていた雨は朝もやとともにあがり、空を蔽う雲が明るさを増していた。通勤途中の車から眺める景色は瑞々しさであふれていた。草木の緑も、花の赤や白、黄色もすべてが濃厚な景色だった。最近覚えたばかりの漢詩の一節が、そのままの情景で現れたようだった。


「桃花 露を帯びて濃やかなり」

原文では「桃花帯露濃」と書く。たった五文字だが、その瞬間のすべてを切り取っているような力を感じる。どうしたらこのような表現力が身につくのか。才能というだけでは説明できないような気がする。眼前の情景とどれだけ真正面で向き合ったか、ということに深くかかわっているのではないだろうか。自然との向き合い方というものをずっと考えていたのではないだろうか。

今日の飲みもの:
紅茶と緑茶

共同研究者とのmeeting

2011年4月26日火曜日

マンデリングレードNo.1、車内

午前中いっぱいをかけて、論文の投稿を済ませた。PDFファイルも著者やReviewerに関する必要記入事項も完璧に用意したはずなのに、トラブルは起こる。著者の情報を入力しても、それがうまく反映されない。どうやら、入力したメールアドレスがJNS側のデータベースで自動的に照会され、所属や連絡先などの記入欄が符合した人物の情報で強制的に満たされるようになっているらしい。機械的に特定された個人そのものは正しいのだが、情報が古かったり一部抜けてたりするところがあるので手動で訂正を加えるも反映されない。ブラウザを変えたり、すべてを手動で再入力したり、共著者にsociety for neuroscienceの登録情報を変更してもらったりといろいろためしたがどれもうまくいかず。結局は、そのまま投稿してしまった。手塩にかけて育ててきた論文にこんなところでケチがつくとは、納得できないものが残る。

帰宅後、近所のスーパーに行く途中でブックオフに足を伸ばす。先日読んだ本が思いがけずおもしろかったので、同じ著者が同じような題材を扱ったものはないかと探してみた。みあたらず。著作リストを調べてみると、山を題材にした著作は先日読んだ本だけだったようだ。


今日の飲みもの:
マンデリングレードNo.1、車内

最近は鼻が詰まっていることが多く、
マンデリンの香りを十分に楽しめていない。

2011年4月23日土曜日

モカジャワブレンド、AXC-BB

午前中に本降りだった雨は、午後には弱まり断続的になった。重く垂れ込めていた雨雲はいくぶん高くなってきたので、雨の合間をぬって出かけることにした。自宅から旧4号に出て福島駅方面へと北上。途中、大森川と荒川を越える。川沿いの土手には桜の木々が立ち並ぶが、すでに見ごろは過ぎてる。花びらが落ち、猩々緋色のがくがあらわになっている。視線を移すと、菜の花が主役となって河原に彩を与えている。

目的地を特に持たないまま歩き出したとき、脚が自然に向かうのは書店か喫茶店になることが多い。旧4号から13号線に出ると、ひとまず書店に向かう。店内をひととおり物色した後、国土地理院発行の2万5千分の1の地形図を購入。自宅の周り、吾妻山、磐梯山、桧原湖の四種類。購買欲を満たしたあとは、コーヒーを飲んで一息つく。場所は駅前の目抜き通りにあるお気に入りの喫茶店。カウンターに腰をすえて、店主ともうひとりの客のやり取りを聞きながら本を読んだり、話に加わったり。楽しいひと時は瞬く間に過ぎ、店内に蛍の光が流れ始める。この喫茶店が入っている商業施設では、いまでも営業時間が短縮されている。街は平静を取り戻しているので、この施設もまもなく通常営業に戻るだろう。

今日の飲みもの:
モカジャワブレンド、ブルービーンズコーヒー

店主は僕のネル友

2011年4月22日金曜日

紅茶、職場

金曜日。今週刊行されたjournalをまとめてチェックして週を締めくくった。


論文を書く作業に注意が向いているせいなのか、他人がどんな文章を書いているのかが気になる。とくに気になるパーツはabstract。


チェックしたAbstractの中で一番読みやすかったのはKatznerの論文 (2011 GABAa Inhibition Controls Response Gain in Visual Cortex. JNS 31(16): 5931-5941)オーソドックスな文章構成で、シンプルなsentence。目的、手段、結果、結論をテンポよく読めた。これはぜひとも見習いたい。論文のインパクトや重要度は読者の評価にゆだねるとして、著者としては事実を正確に伝えられるように努力したいものなのだがこれがなかなか難しい。他人の文章を読んであーだこーだと言うのはそんなに難しくないのに。




夕方からは大学主催のセミナーに参加。
タイトルは「放射線測定の解釈と判断」。

原発事故から一ヶ月あまりが経過し、福島県内の環境放射線を監視する体制はおおかた整備された。福島県以外にも国や東電、各研究機関がさまざまのモニタ活動を行っている。

次に必要になってくるのは、測定された放射線量の解釈だということで
長崎大学の専門家が表題のとおりのトークをしてくれた。

気になる線量限度については、年間100ミリシーベルトという設定の根拠となりうる論文を知ることができたのでここに記しておく: 爆の被害者を調べた論文(Brenner et al., 2003 PNAS 100(24): 13761-13766)。



今日の飲みもの:
紅茶、職場の集会室

わが研究室には週に1-2回ほどのtea timeがあるのです。
今日のお茶請けは“はんじゅくちーず”。
「フランス産クリームチーズと新鮮な卵、筑波山麓のしぼりたて牛乳をたっぷり使用した、ふんわりソフトな口当たりの一口ケーキ」だそうだ。

2011年4月21日木曜日

ドリップ珈琲、デニーズ

地震のため福島を一時離れていた共同研究者が再び来福。3月11日来、中断していた実験を再開した。

「今日で最後のオペ。これが終われば来週から記録実験」というときに3月11日の地震が起こった。それから一ヶ月あまりで、実験室に再び明かりがともる。

破損した精密電子天秤の変わりに、昔使っていた電子天秤をひっぱり出したり、イオン交換器の修理を待っている間に、注射用蒸留水を使ったり、いつもとちょっと違うところもある。しかし、実験できているという状況はやはりうれしいものだ。


僕はといえば、投稿に向けて論文原稿の最終チェックにとりかかり、新しい実験のセットアップを始めた。

止まっていた時計の針が動き出す。

そんな表現がふさわしいような気分。

物事は着実に進んでいる。ひとつの歯車の回転が、別の歯車を動かし、それがより大きな歯車を回していく。僕の日常が、だれかの日常を動かし、別の誰かの日常が、僕の日常を動かす。


今日の飲みもの:
ドリップ珈琲(フリードリンク)、デニーズ

共同研究者をゲストとして迎えた、今日の「デニーズの会」は
いつにも増して楽しいものとなった。

2011年4月20日水曜日

Nescafe excella、職場

いままで手当たり次第にブックマークしてきた
原発関連の情報ソースを整理してます。

きょうは福島県内の各機関が公表している1次データをリストアップしてみた。

https://spreadsheets.google.com/ccc?key=0An5tJHSgTqUjdHF4aVVEV1ZGamt1V2tZd0x5aHFqYXc&hl=ja&authkey=CLH47N0L


今日の飲みもの:
Nescafe excella、職場

地震の影響で図書館が今月末まで休館なので
新しい実験のための資料漁りができない。。。

2011年4月19日火曜日

マンデリン・グレードNo.1、In My Car

天気が悪く外が暗かったせいなのか、
それともここ最近にしてはめずらしく冷え込んだせいなのか
今朝の起床はすこしばかりおそくなってしまった。
おかげでせっかく淹れたコーヒーを自宅でゆっくり飲む時間がなくなり、
ホーロー製のカップから、保温機能つきのマグカップにコーヒーを移し変えて車に乗った。

3月11日の地震による崖崩れの影響で
片道5kmの道のりをたっぷり30分かけて通勤しなければならないので
車内でコーヒーを飲む時間はたっぷりある。
今日は雨のせいか、交通量が多い。
いつもより信号ひとつ分だけ渋滞の列がながくなっている。

けっきょく今日は、40分かけて200mlのコーヒーを飲む羽目になった。

明日からは裏道を使うことにしよう。


今日の飲みもの:
マンデリン・グレードNo.1
使用したマグカップは、就職祝いとして友人からもらったもの
被災しても壊れなかった数少ない食器。

2011年4月18日月曜日

マンデリン・グレードNo.1、自宅

論文原稿はいったん僕の手を離れて、共同研究先での社外開示手続きを受けています。
今日は添付するcover letterを清書。


添削してもらった英文はこちらで再び手を加える余地もないほどに
きれいさっぱり書き換えられていた。それをそのまま反映。
僕は様式美を追求。


cover letterで良く使われる様式は、Block, Modified block, Semi block style.
構成要素はどの様式にも共通で以下の通り。


1. Your own address or company pre-printed letterhead
(One blank line)
2. Date
(One to three blank lines)
3. Receiver address
(One blank line)
4. Salutation
(One blank line)
5. Letter body: Leave one blank line between paragraphs
(Two blank line)
6. Complimentary close
(Three or four blank line)
7. Signature


Left and right margins: 1 inch
Top and bottom margins: 1.5 inch
Serif font (e.g. times new roman) with 11 or 12 point 


以上はBusiness sceneで使用される一般的なフォーマットだそうだ。
これに可能な限り忠実な論文投稿用cover letterはおそらく以下のような感じ。


-----ココカラ------




Department name
University name
Address
City,  State Zip, Country

April 18, 2011


Editor-in-chief name
His/Her title (e.g. Editor-in-chief)
Journal name


Dear Dr. Editor:


     Letter body : First paragraph


     Letter body: Second paragraph


     Letter body: Third paragraph




Sincerely,








Author Name, Ph.D.




-----ココマデ------


これは今回使用したsemi block style。
modified block styleではletter bodyのインデントがない。
block styleはすべてleft justificationされていて、インデントしない。


体裁を整えると、なんだか様になっていてうれしい。
FBIのロゴでも入れれば、捜査令状のようにも見えそうだ。




一目見たときに「それっぽい」という第一印象が
査読者の心理に少なからず影響するという話にもうなずける。




ただし、上に示したスタイルにはいくつか疑問が残っている。
たとえば、Receiver addressは本来ならば文字通り住所を書かくべきところなのだが
論文用のcover letterに書く宛先ってどこの住所なのだろう?とか
送り主の連絡先(tel, fax, e-mail)などは書いてないけど大丈夫だろうか?とか
書くとすればどこに書くのだろうか?とか


気にし始めるとキリがないが、こんな作業は嫌いではない。




本日の飲みもの:
朝の日課
マンデリン・グレードNo.1、自宅


いまからもう一杯

2011年4月17日日曜日

KAGOME野菜生活100、大森城山公園

好天に恵まれたので、花見を兼ねたワンデイ・ハイクに出かけた。
目的地は大森城山公園。福島盆地の南端から飛び出した丘陵を利用した山城址で、
頂上の本丸跡地には公園が整備され、数多くの桜が植えられている。

午前10時50分に自宅を出発して、大森城山公園を目指す。
雲ひとつない快晴だが、薄手のスポーツジャケットだと、風が吹くと少し肌寒く感じる。
小倉寺大森線を西に歩き、県道148号水原福島線へと曲がる。
148号線から小道にそれて、城山の北東斜面を目指す。

北東斜面には、頂上まで続く未舗装の山道がある。
すれ違うのは普段着の老若男女。
ここが市民にとって身近な場所であることがうかがえる。

頂上につくと、一面のソメイヨシノは満開を迎えている。
多すぎず少なすぎずといった人数の花見客が
めいめいに春の陽気を満喫している。

遊具で遊ぶ子どもたちとそれを見守る母親たち。
芝生の上にレジャーシートを広げて食事する家族。
犬をつれた親子。ベンチに腰掛けてビールを楽しむ老夫婦。

僕は空いているベンチで昼食をとる。
西向きのベンチに腰を下ろすと、眼前の桜の木々が温んだ風に揺らされているのが目に入る。
桜の間から西吾妻連峰を望む。紺碧の山肌に、白い雪が残る山頂。
紺碧の空と山肌に挟まれて、雪をかぶる山頂が浮かんでいるようにも見えた。

穏やかな春の公園。
人々の顔は穏やかで、明るい。


今日の飲みもの:
大森山城公園での昼食時、
KAGOME野菜生活100 Fruity Salad、200ml

どこでもコーヒー、2回目の更新にして、コーヒー以外の飲みもの。

2011年4月16日土曜日

マンデリン・グレードNo.1、自宅

午前中、自宅の掃除をすませたあと高湯温泉へ。

玄関を出ると、道路沿いの桜並木が満開になっているのに気づく。
満開になるのは来週中ごろだと踏んでいたので、焦る。
高湯への道中、市内の桜の状況が気になって仕方がない。

目的の温泉は吾妻山の中腹にある。
吾妻山に向かって進むと、高度が上がるにしたがって桜の状況は
七分咲きから五分咲きへと変化する。
満開なのはどうやら、市の中心部だけのようだ。
しかし、吾妻山中腹での外気温も20度を超えている。
うかうかしてはいられない。

春は忙しい。
桜の見所は福島市内の主な場所で大森城山公園、弁天山、花見山。
今年は三春の瀧桜もチェックしておきたいところだ。
桜の後は、新緑という楽しみもある。
輝くばかりの新緑が吾妻山の麓から、中腹、山頂を順番に覆っていく様子は
木々たちの春の一大イベントを見ているようだ。
そのあとは、裏磐梯へと舞台が移っていく。

温泉帰りに、山歩きやキャンプなどの入門書を買い漁ってしまったのは
不可抗力というものだ。


今日の飲みもの:
帰宅後、買ってきた本などを読みながら
マンデリン・グレードNo.1