中野不動尊は福島市の北西にある。ここは日本三大不動尊に数えられていて、年始は大勢の初詣客でにぎわう。車で行けば、福島市と米沢市を結ぶ国道13号線から5分ほどわき道を行くと境内が見えてくる。
僕は初詣のほか、季節折々にここを詣でる。福島交通の飯坂線というローカル線で福島駅から飯坂温泉駅まで行き、そこから一時間ほど歩いて行く。飯坂温泉駅からの一時間、目の前に広がる林檎や桃などの果樹園とその向こうにそびえる雄大な西吾妻連峰の景色を十分に楽しむことが出来る。この時期は、真っ白な雪に覆われた果樹園と、青く霞みがかった山腹と白い雪をかぶった山頂がまるで白波のような山脈が眼前に広がる。
境内の奥の院には洞窟がある。洞窟は迷路のようになっていて、所々に横穴が空いている。そこには不動明王の36の眷属(三十六童子)が一体ずつ祭られている。参拝者はろうそくを片手に洞窟に入り、童子たちを巡っていく。現在では要所に蛍光灯が設けられているが、それでも洞窟内部は暗く、手にしたろうそくの明かりをしっかりと感じることが出来る。このろうそくの明かりを仏教の光明になぞらえ、参拝者は自らの足元を照らす。
壁にぶち当たったり、物事がどうにもうまくいかなくなったようなときにもここを訪れる。一時間ほど目の前に広がる景色を眺めながら歩くと、だんだんと気分が落ち着いてくる。境内の洞窟で一つ一つの仏像に手を合わせてさらに心を静める。ろうそくで自らの足元を照らしながら、自分の置かれている現状を改めて考える。考えてもよくわからないときは、そこに少しでも灯りが差すことを願う。そして、自分の目指すべき道をもう一度強くこころに刻み付ける。このろうそくの明かりのように、誰かの足元を照らす研究をするにはどうすれば良いのだろう。さらに、僕は果たして誰かの光明になりえる研究をしているのだろうかと自問する。
*****
今日は歳祭りという行事の最終日だったようだ。何気なく訪れた中野不動尊の境内には、多くの参拝客がいた。出店が並んでいた。
境内のいたるところに白い短冊のついた青竹が立てられていた。何かの奉納物のようだ。おそらく数十本はくだらないであろう青竹が2mほどの間隔で立てられている。青竹には、納めた人の住所と名前が書かれた紙が貼られていた ― 福島県いわき市、岩手県花巻市…。この青竹ひとつひとつに、奉納した人々の切実な願いや思いが込められているのだろう。
僕はひとつひとつの青竹に込められた祈りに思いを馳せてみた。いわきや花巻は東日本大震災で津波の被害をうけたところだ。この青竹を奉納した人たちは、どのように震災を受け止め、どのような祈りを込めたのだろうか。おそらく、それぞれの受け止め方は異なり、ここに込めた祈りも異なるのではないだろうか。
「世の中は、様々な人の様々な思いで溢れている」
僕はこの震災でそのことを学んだ。あるいは強く思い知らされた。
地震や津波、原発事故は様々な人々に不安や苦しみ、悲しみをもたらした。そして、それらの不安や苦しみや悲しみは様々な場所でいろいろな対立や争いを生み出してしまった。僕は当初、その対立や争いを「正しさ」という観点ですべて解決できると信じていた。そして、新たに生まれた対立や争いを「正しさ」という観点で分析しようとした。しかし、そこには「正しいこと」と「間違ったこと」、あるいは「正義」と「悪」で切り分けられるものはほとんどなかった―少なくとも僕の能力では。そこにはただ、「不安」とか「苦しみ」とか「悲しみ」があるだけだった。
私の「正しさ」と他人の「正しさ」がぶつかった。
私の「不安」と誰かの「不安」が争った。
私の「苦しみ」と別の誰かの「苦しみ」が対立した。
私の「悲しみ」がそのまた別の誰かの「悲しみ」を傷つけた。
そこにあるのは「正義」と「悪」のような対立ではなかった。
僕は「正義」と「悪」の対立構造で世界を理解しようとしていた。
そして、各人にはそれぞれの思いがあるということを受け入れられずに苦しんだ―あるいは苦しんでいる。
*****
不安や苦しみあるいは悲しみ同士の対立は、理解することで乗り越えられないだろうか。全部とは言わないけど、一部だけでも。不安や悲しみなどを生み出している社会構造を変えることは難しい。社会は複雑にからみあってのっぴきならない。それを変えるには大きな代償を必要とするだろうし、その構造変化が新たな悲しみをもたらすことだって考えられる。でも、それぞれの苦しみや悲しみを理解することはそのような困難を乗り越えられるんではないだろうか。人々の不安や悲しみをただ理解することで、その先に起こりうる対立を回避できないだろうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿